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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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京都のラザロ

                                 ?-1637年


トマス西と15殉教者の一人


聖人になったキリシタン信徒=ミヤコのラザロ,Lazarus de Kyouto

京都のラザロは、トマス西と15殉教者の内で唯一、本名も洗礼名も分かっていない人物です。長崎奉行所の記録には「俗人日本人」とだけ記されているだけで、ハンセン病を患っていたのか(聖書に出てくるラザロがハンセン病者なのでヨーロッパではハンセン病者をラザロと呼ぶことがままある)、殉教録を書いたロドリゲス神父が、彼にラザロという名前を付け、今もその名前で呼ばれています。


本名も洗礼名も不明の聖人


16殉教者

(カトリック松山教会)
京都のラザロは、京都生まれのキリシタンで、ハンセン病を患っていたかどうかは不明ですが、1632年に長崎のキリシタン混血児や乞食、ハンセン病患者が強制的に国外追放された際に、マニラに渡ったのではないかと考えられています。

マニラで暮していましたが、1636年、日本宣教を志す神父たちの通訳と道案内に役立ちたいと考えたラザロは、アントニオ・ゴンザレス神父ロレンソ・ルイスと共に日本へ向かい出発しました。しかし琉球に到着したところで捕らえられ、翌年、長崎に送られました。

ラザロは水責めの拷問に屈し、一度は信仰を棄てましたが回心し、それ以後はどんな拷問にも屈することなく、1637年9月29日、長崎の西坂で穴吊りの刑に遭って殉教しました。





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