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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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ルカ・スピリト・サント

                                 1594-1633年


トマス西と15殉教者の一人として列聖


聖人となったスペイン人宣教師。=ルカス・デル・エスピルトゥ・サント,Lucas Alonso,sumpto nomine a Spiritu Sancto

ルカ・スピリト・サントは1594年スペインに生まれ、ドミニコ会に入ってメキシコに行き、そこで司祭になりました。マニラにいる時に日本の厳しい迫害状況を聞いて宣教を助けるために日本行きを決意。1623年にフィリピンを出発しました。

およそ10年間潜伏して各地で活動しましたが、遂に捕らえられ長崎に護送され、穴吊りの刑を受けて1633年10月19日に殉教しました。


東洋宣教への憧れ


16殉教者

(カトリック松山教会)
ルカ・スピリト・サントは、スペインのザモラ県カラセド村で1594年に生まれました。生まれたのがちょうど聖ルカの祝日だったので、ルカと名付けられたということです。成長して1610年にドミニコ会に入り、メキシコに行き、1617年メキシコ市で司祭に叙階されました。

司祭になると東洋宣教を目指し、マニラに向かい、日本が厳しい迫害のため信徒集団が壊滅寸前にあると伝え聞くに及び、キリシタンを助けたいという感動を受け、1623年フィリピンを発ち日本に向いました。

迫害下の日本で10年間宣教


長崎の近くで日本語を学び、迫害下の十年間、東北から九州の広範囲に渡り宣教をし、次々に同僚の司祭たちが殉教してゆく中で、有馬に本拠地を作って活動しました。1630年と31年には本州縦断の旅をしたことが分かっています。

ルカ神父の手紙


1633年、追っ手が迫ってきたために東北から大坂に逃れ、淀川の船に乗り込みましたが、船上で逮捕され、長崎に護送されました。ルカ神父は西坂で、イエズス会のジョン・マテオ・アダミ神父、アントニオ・デ・ソウサ神父、クリストヴァン・フェレイラ神父と一人の修道士と共に穴吊りの拷問を受けました。

死の直前までいきましたが、フェレイラ神父が転んだため、ルカ神父らは一旦牢に戻されそこで説得を受けました。しかしそれでも応じなかったので再び穴吊りの刑を受け、1633年10月19日に殉教しました。

フェレイラ神父は5時間で棄教しましたが、ルカ神父は9日間という長い苦しみを耐え抜いたと記録されています。同じ時に中浦ジュリアン神父も同じ刑を受け、60歳を超えていたのに5日間耐えて殉教しました。





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