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マテオ小兵衛

                                 1615-1633年


トマス西と15殉教者の一人


18歳で殉教した日本人修道士=ロザリオのマテオ小兵衛,Matthaeus Kohioye a Rosario

大坂で活動している時にルカ・スピリト・サント神父と共に捕らえられ、長崎に連行されて市中引き回しの上、西坂で穴吊りの刑を受けましたが、棄教しなかったため殉教しました。


ドミニコ会の日本人修士


16殉教者

(カトリック松山教会)
マテオ小兵衛は1615年に長崎か有馬で生まれました。1632年からルカ神父を手伝って働くようになり、大坂で活動していた1633年に捕縛されました。いつの時点かは分かりませんが、ドミニコ会に入会して修道士となり、修道名としてロザリオの名を受けました。

マテオ小兵衛についてはあまり詳しいことは分かっていませんが、ルカ神父が「大阪で私と共に捕らわれた若者二人のうち、(中略)一人は十八歳のマテオ小兵衛で、(中略)この少年はドミニコ会の修道者で、ロザリオのマテオ修士という」等と書き残していることから、わずかにマテオの生涯を知ることができます。

西坂での穴吊り

穴吊り


長崎に護送されて行く時マテオは「このような惨めな世の中に生きておられるキリストのために、喜んで生命をささげます」と言ったと伝えられています。1633年10月18日、西坂で穴吊りの責めを受けたのは、ルカ神父とマテオ小兵衛の他に、イエズス会司祭の中浦ジュリアン神父とクリストヴァン・フェレイラ神父ら8人の者たちでした。

その中でフェレイラ神父が穴吊り5時間にして転んだため、一旦他の者も外に出され、全員棄教したとの噂が流されました。しかし真相を確かめようとした信徒が牢の外から呼びかけたところ、他は全員信仰を守っていると声があり、噓だということが露見しました。

修道士の一人が穴吊り後に牢内で死亡しましたが、その後再び穴吊りに処され、結局フェレイラ以外の全員がキリストのために命を捧げ、殉教しました。





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