本文へスキップ

キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

トップページ > 私家版いじん伝 > トマス西と15殉教者 > ミゲル九郎兵衛

ミゲル九郎兵衛

                                 不明-1633年


トマス西と15殉教者の一人


聖人となったキリシタン。=Michael Kurobioye

ミゲル九郎兵衛については、出生地も経歴もよく分かっていませんが、洗礼名がミゲルであることと殉教の様子だけがトマス西神父の記録によって今に伝えられています。


ヤコボ朝長神父と共に


16殉教者

(カトリック松山教会)
ミゲル九郎兵衛は、神父になって日本に戻って来たヤコボ朝長神父を助けながら働いていたのですが、1633年、長崎奉行所の役人に九郎兵衛が捕らえられ、水責めの拷問を繰り返し受けるうちに、信仰は棄てませんでしたが、朝長神父の居所を白状してしまい、そのため朝長神父も逮捕されました。

同年8月15日、長崎の市内を引き回され、西坂の刑場に連行され、穴吊りの刑を受けました。

この日穴吊りになったのは、ミゲル九郎兵衛とヤコボ朝長神父の他に、フランシスコ・デ・ガルシア神父と3人の日本人、すなわちフランシスコとヨハネ与兵衛及び、もう一人のヨハネの計6人でした。またこの日他の5人が火刑に処されて殉教しました。朝鮮生まれのヨハネ、ヤコボ朝長神父の宿主とその妻、一人の船頭ともう一人のヨハネです。

ガルシア神父は翌16日に息を引き取り、ミゲル九郎兵衛とヤコボ朝長神父は50時間もの苦しみの後、17日に殉教しました。





インフォメーション
《本サイト内の関連ページ》



                                         NEXT >>