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大村のマリナ

                                 不明-1634年


トマス西と15殉教者の一人


聖人となった日本人女性。=Sor.Marina de Omura,Virgo

大村のマリナは長崎の大村に生まれキリシタンになり、宣教師たちを匿い援助するなど信徒の模範として暮していました。1623年に来日したルイス・ベルトラン神父の指導で、ドミニコ会第三会の修道女となって活動していましたが、1634年に捕らえられ、辱めを受けた後、ヨルダノ・アンサロネ神父ら79人のキリシタンと共に西坂の刑場で処刑されました。


日本人女性として初めて列聖


16殉教者

(カトリック松山教会)
大村のマリナの生涯については、長崎の大村に生まれ、1623年から宣教師を援助し、1623~26年の間にドミニコ会に入ったこと以外、ほとんど伝えらえていません。ヨルダノ神父が大村のマリナの伝記を書き、それを多くのポルトガル人が読んだことは分かっていますが、その本も現存していません。

しかし神父たちの大村付近での活動は、彼女の案内と助けでなされ、家は潜伏して司牧にあたる宣教師たちの隠れ家として使われました。しかしそれだけの働きをしていれば、捕まえられるのは時間の問題でした。

大村のマリナの殉教

1650年の名簿に見えるマリナとマグダレナの記録


大村のマリナは1634年に捕らえられ、宣教師たちを匿い宣教活動を助けたことを詰問されました。マリナが修道女であることを知ると役人は、彼女を裸にして大村領内を引き回し、広場で後ろ手に縛って裸のまま放置するなどしました。

しかし信仰による勇気を示し、棄教しなかったので牢に戻され、1634年11月11日、ヨルダノ神父ら79人のキリシタンと共に西坂の刑場に連行されました。そこには火刑の柱、斬首の場、穴吊り柱と穴などが用意されており、マリナは火刑に処されました。千人以上の人々がそれを目撃していました。

1987年10月、バチカンはトマス西と15殉教者の一人として大村のマリナを列聖し、大村のマリナは長崎のマグダレナと共に日本人女性として初めての聖人となりました。

長崎県大村市にあるカトリック水主町教会は、大村の聖マリナに捧げられています。





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