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ペドロ・デ・ラ・アスンシオン

                                 ?-1617年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


日本で殉教したフランシスコ会宣教師。=Pedro de la Asuncion
神父の殉教の様子を見ていた背教者が信仰に立ち返り、自分もまた殉教するようになりました。



スペインに生まれて


ペドロ・デ・ラ・アスンシオンはスペインのトレド大司教区のクェルヴァに生まれ、フィリピンを経由して1607年に来日。1614年に禁教令が出されても日本に潜伏し、有馬、大村、肥前で活動しました。当時有馬は棄教した領主 大村純頼が治めており、その奉行リノ朝長次郎兵衛も背教者でしたが、教会に寄付すると言ってペドロ神父の居場所を突き止め捕らえました。

間もなくして捕らえられ同じ牢に入れられたジョアン・バプティスタ・マチャード神父と共にペドロ神父は牢内で敬虔な生活をし、1617年5月22日、2人の神父は大村の小高い丘に連れて行かれ斬首されました。しかしその様子を見ていたリノ朝長は改心し、ペドロ神父に罪の告白をして許しを受けました。そのためリノ朝長は同年11月4日に死刑に処され殉教者になりました。




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