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ジョアン・マルティネス・デ・サント・ドミンゴ

                                 1577頃-1619年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


日本で殉教したドミニコ会宣教師。=フアン・マルティネス・デ・サント・ドミンゴ,Juan de Santo Domingo



鈴田牢で殉教


ジョアン・マルティネスは1577年頃スペインで生まれ、サラマンカ大学で学び、ドミニコ会に入り、1594年に司祭叙階を受けました。アジア宣教を目指し、1601年に出帆しマニラに上陸。そこで修道院長などを務めた後、1618年に来日しました。そこから更に朝鮮へと向う計画でしたが問題が生じたため、日本に留まることになりました。

鈴田牢


イタリア人のドミニコ会士アンヘル・フェレール・オルスッチ神父と一緒に日本語を学んでいましたが、1618年12月13日、捕吏に隠れ家を襲われて捕らわれ、鈴田牢に入れられました。そして不衛生な牢内で発病し、1619年3月19日に帰天しました。





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