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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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アンドレス村山徳安

                                 -1619年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


キリシタン殉教者。=アンドレス村山徳安村山次郎八,村山アンデレ徳安
長崎代官・アントニオ村山等安の長男であり、ドミニコ会ロザリオ会の会頭を務めていました。



アントニオ村山等安の長男


アンドレス村山徳安、アントニオ村山等安の長男として生まれ、ロザリオ会の会頭を務め、イエズスのみ名の会にも参加していました。慎み深く徳の高い人として知られ、高位の人たちとの交流よりも、教会での分かち合いに熱心で、また静かな場所で祈るのが好きな人でした。

西坂殉教地

1614年11月6日、多くの宣教師が国外に追放されたとき、密かに小舟に乗って長崎に戻ったフランシスコ‐モラレス神父の宿主となって自宅に匿いました。しかし妻マリアの叔父で、棄教者の末次平蔵の手引きにより、1619年3月15日モラレス神父と共に長崎奉行所によってに逮捕されました。

11月18日の火刑の日、徳安は駆け寄る群衆に「天主のお恵みによって、きょう殉教がかなうことを喜んでくだされ、オラショをお願いしますよ」と語りながら、4人の同伴者と一緒に火刑に処されて殉教しました。





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