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アンブロシオ・フェルナンデス

                                 1551-1620年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


ポルトガルで生まれのイエズス会修道士。=P.Ambrosio Fernandes

アンブロシオ・フェルナンデスは1551年にポルトガルで生まれ、1571年に立身出世のためインドに渡りました。そして商人として日本に来たのですが、神の導きを感じて、1579年長崎でイエズス会に入会して修道士となりました。伝道の傍ら必要に応じて通訳者を務め、ヴァリニャーノ神父が秀吉と謁見した際にも通訳をしました。1620年1月、鈴田牢で死去しました。


ヴァリニャーノ神父の通訳


アンブロシオ・フェルナンデスは1551年生まれのポルトガル人で、商人として日本に来てイエズス会に入会。修道士となりました。伝道活動や教会の物質的な世話をする一方、時には必要に応じて通訳者を務め、ヴァリニャーノ神父が秀吉と謁見の際にも通訳の任にあたりました。

鈴田牢


禁教令が出されてからも日本に残り、潜伏して活動し続けたましたが、1618年12月13日、カルロ・スピノラ神父と同宿のファン中国と共に捕らえられて、大村近くの鈴田牢に押し込まれました。鈴田牢は柵に囲まれた「鳥の籠」のような狭い牢獄で、その中に多くの囚人が込められ、風雨を遮るものがないまま過ごさなければならないという劣悪な環境でした。

その獄中でフェルナンデス修道士は、1620年1月7日に死去し、殉教者とみなされています。





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