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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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ホアキム・ディアス平山常陳

                                 -1622年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


西坂で火焙りになったキリシタン。
アウグスチノ会のペトロ・デ・ズニガ神父とドミニコ会のルイス・フロレス神父を自船に乗せて航海していて捕まり、平山常陳事件を起こしました。



平山常陳事件


ホアキム・ディアス平山常陳は アウグスチノ会のペトロ・デ・ズニガ神父とドミニコ会のルイス・フロレス神父を日本に連れてきた船の船長で、1620年イギリス、オランダ艦隊の一隻に拿捕されて平戸に連行されました。

平戸

積荷の隙間に身を隠していた二人を潜伏宣教師だと思った役人は、オランダ商館倉庫を牢屋にして入れ、長崎奉行長谷川権六と江戸幕府に使いを出しました。長谷川権六と平戸の松浦隆信の面前で二人の取り調べが行われ、鈴田の牢からもカルロ・スピノラフランシスコ・モラレスも呼ばれました。

ズニガは以前日本で宣教していたため、棄教者の長谷川権六は彼を神父だと知っていましたが、そう言いませんでした。しかし鈴田牢から呼ばれた背教者のトマス荒木が、ズニガの身分を話し、宣教師であることが明らかになりました。

西坂で処刑


西坂殉教地

1622年8月19日、長崎の西坂に連行された平山常陳は、ズニガ神父とフロレス神父と共に弱い火で生きながら焼かれて死にました。彼らの処刑に先立って、平山常陳の船の12人の日本人乗組員が、目の前で一人ずつ斬首されました。

宣教師が乗船していることを知っていたのは平山常陳だけで、他の人たちは知りませんでした。彼らの名前は以下の通りで、全員がドミニコ会のロザリオ信心会員でした。

レオン助右衛門ジョアン宮崎宗右衛門ミゲル・ディアスマルコス竹之島新右衛門トマス小柳アントニオ浜田サンチャゴ松尾でんしロレンソ六右衛門パブロ三吉ファンやご庄衛門バルトロメ茂兵衛ファン永田又吉





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