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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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ペドロ・デ・アビラ

                                 1591-1622年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


元和の大殉教で殉教したフランシスコ会司祭。
来日して1年も経たないうちに、背教したキリシタンにより密告され、捕縛されました。



密告により捕縛


ペドロ・デ・アビラはスペインのアヴィラ近郊のパロメラで生まれ、若くしてフランシスコ会に入会。1615年6月、24歳でスペインを離れ、メキシコ経由でフィリピンに渡しました。フィリピンで3年働いた後、ソテロ神父により他の4人の修道者と共に日本に派遣されることとなりました。

1619年に来日し、早く日本語を覚えたため、しばらく後には布教のために働くことができました。一緒に日本に上陸した修道士ビセンテと共に長崎付近を回り信徒を慰めていました。その年の12月18日、ご降誕前、信徒の告白を聞いていた折、棄教者の密告により捕縛されました。

踏み込んだ刑吏が「奉行権六様のご命令により布教者を捕らえに来た者である」と言うと、アビラは「世界の救い主イエス・キリストを宣べ伝えたために監禁される名誉を得たことを権六様に感謝する」と応え、感謝の意を表するためミサ用のぶどう酒を一緒に飲もうと彼らに勧めました。刑吏らは快諾して室内で一緒に飲み、その後で首と腕を縛ってアビラとビセンテを大村の牢に連行しました。

このことを聞いたリカルド・デ・サンタ・アナ神父は密告した棄教者に同情を寄せ、救いのことを説きに行きましたが効果はなく、かえって神父を刑吏に訴え出て捕らえさせました。1621年11月4日、リカルド神父はアビラ神父、ビセンテ修道士と同じ牢に入れられました。

1622年9月9日、アビラら宣教師たち11名と信徒13名は馬の背に乗せられて大村から長崎市中へと運ばれていきましたが、朗々とした声の持ち主である彼はその道中居並ぶ人々に説教するのをやめませんでした。処刑が翌日に延期されたため最後の夜を戸外で過ごし、9月10日元和の大殉教で火刑に処されて帰天しました。





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