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トマス・デ・スマラガ

                                 1577-1622年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


スペイン生まれのドミニコ会司祭。
京泊の修道院長などを務め、禁教令下の日本に留まり、1622年放虎原で殉教しました。



放虎原で殉教


トマス・デ・スマラガが1577年、スペインのバスク人の首都ヴィットリアに生まれました。16歳のとき修道院に入り、23歳のとき司祭に叙階されました。宣教師になることを自ら志願して、1601年に出帆。メキシコ経由でマニラに到着しました。

鈴田牢

管区長会議で日本行きが命じられ、スマラガはフランシスコ・モラレス神父以下3人のドミニコ会士と日本に向かい、甑島に上陸しました。1606年スマラガは京泊の修道院長に任命され、宣教に励みました。1614年の宣教師追放の際には密かに日本に残り、京都などで活動しました。

1617年捕縛されて鈴田牢に入れられ、そこで5年間過ごしましたが、牢内からも信徒を励まし多くの改心者を得ました。1622年9月12日、スマラガ神父は他の7名と共に大村の放虎原で生きたまま焼き殺され殉教しました。





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