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フランシスコ・ガルベス

                                 1575頃-1623年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


江戸の大殉教で処刑されたスペイン人宣教師。=フランシスコ・ガルヴェス,P.Francisco Galvez
鎌倉の海岸で捕縛されました。



鎌倉で捕縛


フランシスコ・ガルベスは1575年頃スペインのヴァレンシアに生まれました。フランシスコ会に入会し、1610年にメキシコに渡り、そこで数か月を過ごしてからフィリピンに赴きました。フランシスコは神学生だったときから日本宣教を熱望していたので、フィリピンでも日本語の習得に精を出し、その甲斐あって1606年、ムニョス神父を始めとする他の4人の宣教師と共に日本に派遣されることとなりました。

1614年の追放令で一度日本を出ましたが、1618年の後半に再び来日し、長崎のディエゴ・サン・フランシスコ神父と再会しました。ディエゴはソテロ神父の書簡と贈り物を預かっていたので、それをガルベスを派遣して伊達政宗に届けさせました。

またガルベスを仙台から最上に移し、後に江戸を担当させました。1623年、将軍が家光になると迫害は一層強化され、江戸でも司祭や信徒を密告すれば報奨を与えるとの告知がされました。ガルベスは鎌倉のヒラリオ孫左衛門の家に秘跡を与えるため赴いていたのですが、追手から逃そうとヒラリオが小舟を用意したところ、船頭が怖気づいて金子だけ取って逃げたため、海岸でガルベスと伴侶2人、ヒラリオは捕縛されてしまいました。

江戸に護送され小伝馬町の牢に入れられました。1623年12月4日、牢から引き出されたガルベスら50名の他の宣教師と信徒は、札の辻に連行され、火刑に処され殉教しました。





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