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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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ディエゴ・カルヴァリョ

                                 1578-1624年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


仙台で殉教したポルトガル人宣教師。

ディエゴ・カルヴァリョは、1578年にポルトガルで生まれ、1594年にイエズス会に入会しました。1608年にマカオで司祭となり、翌年に来日。天草や京都で活動し、1614の禁教令でマカオに追放されましたが、再び日本に戻り、ジェロニモ・デ・アンジェリス神父と連携して東北や蝦夷で働きました。


仙台の水牢

仙台広瀬川刑場跡


ディエゴ・カルヴァリョは1578年にポルトガルのコインブラで生まれ、1594年にイエズス会に入会。1600年にゴアへの出発し、そこで哲学の勉強を始め、1601年からはマカオで勉学を続け、1608年に司祭に叙階されました。

1609年、日本に派遣され、6月29日に日本に到着。最初一年間は日本語を学び、その後天草で2年間働き、1612年に都へと移りました。1614年に禁教令が出されると、マカオに追放されましたが、ベトナムに行って現地に住んでいた日本人への宣教を開始することを手伝うなどしました。1616年、日本に潜入し、しばらく大村近辺で働いてから、デ・アンジェリス神父と共に東北地方や蝦夷での働きをすることとなりました。

仙台キリシタン殉教碑


しかし元キリシタンの密告によって、1624年2月8日に捕縛され、他の12名と共に仙台に連行されました。そして2月18日、広瀬川の刑場で冷たい川の中に入れては出して棄教を迫る「水牢」という拷問を受け、2月22日までに全員が死亡。

ディエゴ・カルヴァリョ神父は信徒を励まし、自分が最後に息絶えました。キリシタンは復活するとの噂があったため、遺体は寸断されて川に流されました。





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