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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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ペドロ・バスケス

                                 1590-1624年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


スペイン生まれのドミニコ会司祭。=ペトロ・ワスケス,P.Pedro Vasques De Santa Catalina
1624年放虎原で殉教しました。




ペドロ・バスケスは1590年、モンテレイ伯爵領のヴェリン(現・スペイン、オレンセ県)に生まれました。司祭となり1613年に宣教師として派遣され、メキシコを経てマニラに至りました。日本でアルフォンソ・ナヴァレテ神父が殉教した報せが届き、感動を覚えたバスケスは日本行きを志願。1621年に長崎に上陸しました。

放虎原殉教地

バスケスは「市左衛門」と名乗って宣教を始め、大胆にも腰に二本の刀を差し、役人を装って牢屋の番人の目をくぐり抜け、長崎牢に入り、牢内に囚われているキリシタンに秘跡を授けることまでしました。1622年、ディエゴ・コリャード神父が日本を去ることになり、バスケスがその職務を引き継ぐことになりました。

1623年捕吏に捕まり、最初は長崎牢に、後に大村藩の玖原牢に入れられました。牢内で病気になりましたが、歩いて放虎原に行き、そこで焼かれて殉教しました。1624年8月25日のことで、フランシスコ会のルイス・ソテロ神父や他の宣教師たちと一緒でした。





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