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ルイス笹田

                                 1599頃-1624年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


フランシスコ会の日本人司祭。
慶長遣欧使節として海を渡り、日本に戻って来て、1624年に殉教しました。



慶長遣欧使節として


ルイス笹田は1603年頃京都でソテロ神父から受洗しました。母はルイスを出産したときに亡くなり、父ミゲルはルイスを連れて江戸に引っ越しましたが、そこでルイスはフランシスコ会士の元で養育されました。スペイン語もラテン語も習い成長しましたが、1612年に江戸で迫害が起こったとき、父ミゲルは捕らえられ、翌年殉教しました。

その年伊達政宗がルイス・ソテロを正使、支倉常長を副使として、スペイン国王フェリペ3世、およびローマ教皇パウルス5世のもとに慶長遣欧使節を送りましたが、そこに14歳くらいのルイスもいました。ルイスは1614年5月メキシコでフランシスコ会に入会し、使節団が旅している間に同時に修道生活をしました。

1617年7月マニラに到着し、そこから日本に戻るつもりでしたが、すぐには戻れず、ルイスはマニラで司祭になりました。1622年7月にマニラを発ち、9月に薩摩に上陸しましたが、10月に大村の牢に入れられました。

1624年8月25日、同じ牢にいたフランシスコ会のソテロ神父とルイス笹田とルイス馬場、イエズス会のミゲル・カルバリョ神父とドミニコ会のペドロ・バスケス神父放虎原へと連行され、火刑に処され殉教しました。





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