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バルタザール・デ・トルレス

                                 1563-1626年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


スペイン生まれのイエズス会宣教師。=バルタザル・デ・トーレス,

バルタザール・デ・トルレスは1563年、スペインのグラナダで生まれ、16歳の時にイエズス会に入会しました。1586年ゴアに行き、マカオで叙階を受け、1600年に来日しました。1626年6月20日、フランシスコ・パチェコ神父ジョヴァンニ・バプティスタ・ゾラ神父、日本人修道士らと共に西坂で火刑に処されて殉教しました。



貴族の家に


バルタザール・デ・トルレスは1563年、スペインのグラナダで貴族の家に生まれ、16歳の時にイエズス会に入会し、1600年に来日。日本語を習得すると京都へ派遣され、1603年上京の主任になりました。姫路、大坂、金沢なども巡回し、1613年に下京の教会に落ち着きました。

しかし折しも起った大坂夏の陣で、1615年明石掃部の家にいたトルレス神父は戦乱に巻き込まれ、命からがら岸和田に逃げ伸びて、その後は五畿内の上長を務めました。1619年長崎に呼び戻され、1620年には管区長の顧問となって司牧をしていましたが、1626年3月15日、長崎の付近の村でミサを捧げていたところ、ミゲル藤蔵と共に捕縛されて投獄されました。

西坂の丘



牢から殉教まで


2人は大村の牢に入れられましたが、そこでトルレス神父はミゲル藤蔵をイエズス会に受け入れて修道士としました。そして1626年6月20日、西坂に連行され、フランシスコ・パチェコ神父らと共に火刑に処されて殉教しました。




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