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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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マンショ荒木彦左衛門

                                 1588頃-1626年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


宣教師を支えた日本人キリシタン。=荒木ひろ左衛門?
牢内で死亡しましたが、遺体は他の殉教者たちと一緒に火刑に処されました。



宣教師の宿主


マンショ荒木は、フランシスコ・パチェコ神父が口之津に潜伏している時に、弟のマチアス荒木と共に宿主として支えたキリシタンでした。 1625年12月、パチェコ神父が捕らえられると間もなく捕縛され、有馬の牢に投獄され、獄中でイエズス会に入会しました。1626年7月8日、死刑が宣告されましたが、その時牢内で既に死んでいました。

マンショ荒木の遺体は有馬から長崎まで運ばれ、1626年7月12日、マチアス荒木や日本人キリシタンたちが処刑される時に一緒に火焙りにされました。





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