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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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ペドロ・デ・サンタ・マリア

                                 1610頃−1627年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


キリシタン殉教者。
ルイス・ベルトラン・エクサルチ神父に仕え、神父といるときに捕縛され放虎原で火刑に処されました。



ドミニコ会のカテキスタ


ペドロ・デ・サンタ・マリアは1610年頃生まれました。彼が13歳のとき、親戚の者たちが彼を将来伝道士としてくれるようにと、ベルトラン神父に委ねたため、それ以降ベルトラン神父のために働き、連絡係やカテキスタとして活動しました。

放虎原殉教地

ベルトラン神父は1626年8月22日付の書簡で、「この少年は16歳で、まるで天使のごとく信心深い」と書いています。1626年7月28日の夜、三人の婦人の癩患者の粗末な小屋でベルトラン神父と潜んでいるところを役人に捕らえられれ、翌日大村藩の奉行の前に引き出され、玖原のキリシタン牢に入れられました。

牢内でマンショ・デ・ラ・クルスと共に助修士として入会を認められ、ペドロ・デ・サンタ・マリアと名乗るようになりました。1627年7月29日の朝死刑の宣告が下されましたが、彼らは初誓願を立て、数時間後に放虎原刑場で火焙りとなって殉教しました。





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