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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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アントニオ・デ・サン・フランシスコ

                                 ?-1627年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


フランシスコ会の日本人修道士。
フランシスコ・デ・サンタ・マリア神父の同宿を務め、牢内でフランシスコ会入会を認められました。



牢内でフランシスコ会士に


アントニオ・デ・サン・フランシスコは日本人キリシタンで、 1623年に来日したフランシスコ・デ・サンタ・マリア神父の同宿となり活動していました。1627年の聖霊降誕の大祝日、サンタ・マリア神父とバルトロメ・ラウレル修道士は密告により捕縛されてしまいました。

アントニオはその時一緒にいなかったので捕縛を免れたのですが、自ら役人の所に行って名乗り出て、自分が神父の弟子で同宿であることを告げました。アントニオはその場で縄を打たれて牢に入れられ、神父と再会することができました。この勇敢で忠実な行動に報いるため、神父はアントニオをフランシスコ会第一会への入会を認め、殉教の前日には彼の誓願宣立を受理しました。

1623年8月17日、フランシスコ・デ・サンタ・マリア神父と2人の伴侶、ラウレルとアントニオ、宿主であるガスパルとマリアその他の人々計11名は、西坂に連行され火刑に処されました。殉教者たちは刑場に引き立てられる間も火責めにされている間も信仰を説くことをやめなかったと、目撃者が証言しています。





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