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ドミンゴ・カステレット

                                 1592-1628年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


スペイン人のドミニコ会司祭。
多くの宣教師が殉教する中、日本で働くただ一人のドミニコ会宣教師となり、1628年西坂で殉教しました。



迫害下の日本で一番最後まで働いたドミニコ会宣教師


ドミンゴ・カステレットは1592年、現在のバルセロナ県エスパラゲラで生まれました。1608年10月23日バルセロナの乙女殉教者聖カタリナ修道院に入院。1609年初誓願。同修道院で哲学を学び、セゴヴィアのサンタ・クルス王立修道院で神学を修め、1613年スペインを出発しました。

1615年4月末頃、メキシコ経由でマニラに到着。現地で多様な使徒職に従事した後、日本宣教の任務を受けて、1621年7月11日、ペドロ・バスケス神父と共にマニラを出帆。同年7月22日長崎に上陸しました。10月21日に有馬地方に潜伏して日本語を学習し、1622年3月頃から宣教活動を開始しました。

西坂殉教地


ディエゴ・コリャード神父、ペドロ・バスケス神父と共に活躍していましたが、1622年9月初めコリャード神父が日本を去ったため、日本にいるドミニコ会神父は2人だけとなりました。

その後1623年4月27日バスケス神父が捕らえられ、カステレット神父が日本で働くただ一人のドミニコ会宣教師となりました。

厳しい迫害下の長崎で宣教活動をしていましたが、ついに1628年6月15日に捕らえられ、大村藩の玖原牢に入れられました。1628年9月6日長崎牢に移送。翌日の1628年9月7日西坂で火焙りになって殉教しました。





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