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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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パウロ相原三太夫

                                 ?-1628年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


西坂で火刑に処されたキリシタン殉教者。
カステレット神父と共に連帯責任を取ろうと、自ら奉行所に出頭して捕らえました。



長崎生まれの船乗り


パウロ相原三太夫は長崎生まれの船乗りで、ドミニコ会信徒会員として素晴らしい精神を発揮していました。 迫害下でも宣教師にミサを捧げてもらいたいと考えたキリシタンは、マニラから宣教師を日本へ密入国させる計画を立てました。

西坂殉教地

しかし密告によりが露見して失敗し、1628年6月15日、ルシア・ルイサの家にいたカステレット神父とキリシタンが捕縛されることになりました。マニラから船を出そうとしていた5人のキリシタンは、このことを知るや、カステレット神父と共に連帯責任を取ろうと、自ら奉行所に出頭し、キリシタンであることを宣言しました。

パウロ相原はその一人で、1628年9月8日、西坂でカステレット神父らと共に生きながら火にかけられ殉教しました。火刑に先立ち、パウロの2人の息子ラモンレオンは父の目前で斬首されました。ラモンとレオンもドミニコ会信徒会員でした。





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