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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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マンショ清左衛門

                                 ?-1630年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


キリシタン殉教者。=マンシオ清左衛門,イエズス・マリア・アグスチン・マンシヨ清左衛門
アウグスチノ会の同宿でした。



アウグスチノ会の同宿


放虎原殉教地

マンショ清左衛門は筑後に生まれましたが、幼い頃に母と兄弟と共に追放されました。成長してアウグスチノ会の同宿となり、ビセンテ・カルヴァリョ神父に仕えながら説教の手伝いをしていました。1629年11月25日に神父と一緒に逮捕され、神父とは別の牢に入れられました。

ジョアン庄三郎ミゲル木内トマス寺井ペドロ九兵衛ロレンソ八造、マンショ清左衛門は奉行が江戸に行っているときに捕らえられ、同じ牢に入れられていたのですが、奉行が帰ってきてすぐの1630年10月28日処刑命令が出されました。

その知らせを聞くと彼らは跪いて神に感謝し、牢内にいる人たちに別れを告げました。刑場に引かれていく間も熱烈に神の教えを説いたため、役人が口に綱を通しました。放虎原で斬首され殉教しました。





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