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バルトロメ・グティエレス

                                 1580-1632年


1867年に列福された205名の殉教者の一人


雲仙で地獄責めにあった宣教師。=バルトロメオ・グチエレス
メキシコ生まれのアウグスチノ会士としては最初の福者です。



雲仙へ


雲仙地獄

バルトロメ・グティエレスは1580年聖アウグスチノの祝日に、ヌエバ・エスパーニャの首都メキシコシティに生まれました。16歳で生まれた町のアウグスチノ修道院に入り、1597年に誓願を立て、神学校に進みました。司祭叙階後はプエブラに移り、そこでフィリピンと日本におけるアウグスチノ会の宣教について知りました。

1606年にフィリピンに向かう船に乗り、マニラの修道院に入りました。修道院長を務めた後日本に行きましたが、1614年の追放令でフィリピンに戻りました。そして1618年にペドロ・デ・ズニガを伴って再び日本入りを果たしました。

十数年に渡り潜伏して信徒の司牧にあたりましたが、1629年11月10日、伴侶を務めていた日本人修道士フアン庄三郎と一緒に捕縛されました。竹中采女正によって大村の牢に入れられ、アントニオ石田とも一緒になりました。バルトロメ神父は牢内で第三会員マンショ清左衛門とアウグスチノ会献身者ミゲル木内多右衛門に修道服を与えました。

1631年、竹中采女正は神父らを雲仙に連れ行き、煮えたぎる熱湯を体にかける地獄責めを行いました。約1か月に渡って責められましたが転ばなかったため、長崎のクルス町の牢に戻されました。1632年9月3日、西坂で火刑に処され殉教しました。





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