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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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トマス小崎

                                 1583-1597年

日本26聖人の一人


14歳で殉教したキリシタンの少年。ミゲル小崎の息子。=トメ小崎

伊勢に生まれ、司祭になる夢を持って大坂の教会で手伝いをしていた少年で、サン・フェリペ号事件の後、京都へ上るフェリペ・デ・ヘススを案内していて、共に捕えられました。京都の牢で父と再会し、長崎への道中、母に宛てて書いた手紙の内容が伝わっています。


教会で働いていたキリシタン少年

トマス小崎


両親と2人の弟がキリシタンで、京都でフランシスコ会の教会が建設される時に手伝いをしていて、リバデネイラ神父から同宿になってはどうかと勧められ、修道院に入りました。

秀吉の命で


1596年10月に起ったサン・フェリペ号事件をきっかけに、豊臣秀吉はキリスト教禁令を再度布告し、京都奉行の石田三成に命じて、京都周辺に住むフランシスコ会員とキリスト教徒全員を捕縛して磔の刑に処するよう命じました。

その結果、大坂と京都でフランシスコ会員7名と信徒14名、イエズス会関係者3名の合計24名が捕縛され、小川町牢に入れられました。24名は京都の一条戻り橋で左の耳たぶを切り落とされ、市中引き回しとなった上、見せしめのために長崎まで引き立てられ、そこで処刑されることとされました。

14歳で殉教


トマス小崎は長崎へと連行されて行く途中、広島の三原で母に宛てた手紙を書きました。「私のこと、またミゲル父上のことをご心配くださいませんように。パライソ(天国)ですぐにお会いできることを希望しています」と認められ、信仰を失わず、弟たちを異教徒にならぬように守ってほしいと書かれています。

この手紙は長崎で磔刑になった後、見ていた信徒が聖遺物を得ようと殉教者たちに殺到した際に、父ミゲルの懐から発見され、今に内容が伝えられています。トマスは殉教した時14歳でした。

長崎・西坂の丘

西坂の丘


道中でペトロ助四郎伊勢のフランシスコも捕縛され、26名となった一行は、長崎の西坂にあった処刑場へと連行され、1597年2月5日(慶長元年12月19日)、槍につかれて処刑されました。これは国の最高権力者の命令で行われた日本で初めてのキリシタン処刑でした。

列福と列聖


1627年、教皇ウルバノ8世はこの26名を福者とすることとし、1862年には教皇ピオ9世がこの殉教者たちを聖人に列しました。現在長崎の西坂殉教地には二十六聖人記念碑と二十六聖人記念館が建てられ、隣に聖フィリポ教会が建てられています。





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