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岩下清周 (いわした・きよちか)

                                 1857-1928年

不二聖心女子学院を設立した実業家


不二聖心女子学院を設立した実業家で、カトリック司祭岩下壮一の父。

信濃国松代城下代官町(現・長野県長野市松代町)に藩士の息子として生まれ、上京して慶應義塾や商法講習所(現・一橋大学)で学びましたが中退し、三菱商業学校を卒業しました。1878年三井物産に入社し、パリ支店長等を経て、三井物産創立者である益田孝らと品川電灯を設立、同社社長に就任しました。

1897年北浜銀行設立し、常務や頭取を歴任。関西の財界で存在感を示しました。衆議院議員を始め、箕面有馬電気軌道(現・阪急阪神ホールディングス)初代社長、大阪電気軌道(現・近畿日本鉄道)第2代社長等も務め、生駒トンネル建設を実現させました。また大林組の設立等にも関わりました。

しかし1914年、大林組や大阪電気軌道などの営業不振による債務焦付きで、北浜銀行が破綻し逮捕され引退しました。

聖公会に所属したクリスチャンで、1920年に温情舎小学校(現不二聖心女子学院中学校・高等学校)を設立。清周の長男がカトリックの岩下壮一神父で、三女の亀代(きよ)が聖心会の修道女になった関係で、同校と農園は戦後、聖心会に引き継がれ、今日に至っています。





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