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幸田文 (こうだ・あや)

                                 1904-1990年


幸田露伴の次女


昭和期の小説家、随筆家。
小説家として名高い幸田露伴の次女でした。



『流れる』で新潮社文学賞を受賞


幸田文は作家幸田露伴と母 幾美の次女として東京の向島に生まれました。1910(明治43)年、文が6歳のとき肺結核で母が逝去。文は弟とともに叔母幸田延の家に預けられました。1912(明治45年・大正元)年、5月に姉の歌が猩紅熱のために死去し、10月に父は児玉八代と再婚。この時の司式は植村正久牧師で、のちに文は植村牧師から受洗します。

1928年、24歳で清酒問屋三橋家の三男幾之助と結婚し翌年娘の玉をもうけますが、店が傾き廃業に。1938年、文は娘を連れて実家に戻りました。

1947年、露伴がこの世を去ると、露伴の思い出や看取りの記を中心にした作品を発表。1955年から連載した長編小説『流れる』で第3回新潮社文学賞を受賞し、1957年に日本芸術院賞を受賞しました。

1988年から脳溢血で自宅で療養を余儀なくされ、1990年に心筋梗塞を発症して亡くなりました。享年86。従四位勲三等瑞宝章を追贈されています。




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