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大平正芳

                                 1910-1980年


第68・69代内閣総理大臣


第68・69代内閣総理大臣を務めた政治家。
読書家で、特に聖書を愛読していました。



自身の病や父の死を通して受洗


大平正芳は1910年、香川県三豊郡和田村(現・観音寺市)の農家に生まれました。苦学して、1928(昭和3)年高松高等商業学校(現・香川大学経済学部)に進み、元東北帝国大学教授でキリスト教伝道師の佐藤定吉の講演を聞いてキリスト教に出会いました。大平が「イエスの僕会」という学生会に入って活動したことが『大平正芳回想録』に記されています。

やがて、自身の病や父の死からキリスト教に救いを求め、1929年暮れに観音寺教会で受洗。奨学金を得て東京商科大学(現・一橋大学)に進学。大学在学中も引き続きキリスト教の活動にも精力的に参加し、YMCAで活動しました。また、矢内原忠雄の聖書研究会や、賀川豊彦の聖書講義にも参加していました。


官僚を経て政治家へ


1935(昭和10)年、高等試験行政科試験に合格し官僚となり、横浜税務署長などを歴任しました。1952(昭和27)年、大蔵省時代の上司だった池田勇人の誘いを受け、大蔵省を退職し自由党公認で衆議院選挙に立候補し当選。政治家に転身しました。

1978年12月7日に第68代内閣総理大臣に就任。1979年(昭和54)年から1980(昭和55)年6月まで第69代内閣総理大臣として第二次大平内閣をけん引しましたが、解散総選挙となり、参院選が公示された翌日に緊急入院。6月12日、心筋梗塞で急死しました。

聖公会の信徒として、葬儀は立教学院諸聖徒礼拝堂で行われました。

墓所は東京の多磨霊園と郷里豊浜の豊浜町墓地公園にあり、豊浜の墓碑銘には正面に「大平正芳之墓」、左面に盟友の筆による「君は永遠の今に生き 現職総理として死す 理想を求めて倦まず 斃れて後已ざりき 伊東正義 謹書」、右面に戒名「興國院殿寛道浄基正芳大居士位」が刻まれています。


生前のエピソード


大平氏は読書家としても知られ、1万数千冊の蔵書を持っていましたが、特に聖書をよく読んでいました。「キリスト新聞」や「カトリックグラフ」のインタビューに下記のように答えています。

「人さまの前で誇れるような信仰ではないが、聖書から離れて生きることはできない。祈りの中で神さまとの対話は続けている」(1967年2月25日付「キリスト新聞」のインタビュー)

「一大小説ですね、聖書というのは。しかも、飾らない言葉だけが書いてある。いいことも悪いことも、真実も嘘も、虚栄も実行も、ね。そういうこと、現代も変わりませんね」
「聖書に『汝らは地の塩たれ』とありますが、私は少なくとも地の塩的な役割を果たしたいと思うんです」(月刊「カトリックグラフ」1972年4月号)




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