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澤辺琢磨 (さわべ・たくま)

                                 1835-1913年


日本ハリストス正教会初の正教徒


日本ハリストス正教会初の正教徒にして最初の日本人司祭。=山本数馬。

箱館に渡り、そこでロシア帝国領事館附属聖堂の司祭として来日していたロシア正教会のニコライ神父に出会い、キリスト教を学ぶようになり、日本はまだ禁教令下だったにも関わらず受洗。日本ハリストス正教会の最初の信者となり、後に司祭叙階されました。



坂本龍馬と武市瑞山とは親戚


澤辺琢磨は1835年土佐藩の郷士の長男として生まれました。坂本龍馬と武市瑞山とは縁戚にあたり、龍馬とは同い歳だったので、幼い頃は兄弟のように仲が良かったといわれています。 江戸・士学館道場で剣術修行中酒に酔ってトラブルを起こし、切腹させられる恐れもあったところを龍馬と武市の計らいで逃亡。

箱館に渡り、ある日船宿に押し入った強盗を撃退したことから剣術の腕を見込まれて剣術道場の師範に迎えられ、やがて同地の神明社(現・山上大神宮)に婿入りして澤辺姓と神職を継ぎました。その後、ロシア正教の青年司祭ニコライの信念に満ちた教義に心を動かされ、1868年日本人として初めて洗礼を受けました。

また密航を計画していた新島襄に友人の紹介で箱館のロシア領事館で出会い、脱国に手を貸そうと決心。イギリス人経営のポーター商会の支配人・福士成豊に協力を求めて、無事渡航させました。海経由で渡米した新島は、1874年に帰国し、翌年京都において同志社大学の前身である同志社英学校を創立、福沢諭吉らと並んで明治の6大教育家の1人に数えられました。





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