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戸田帯刀 (とだ・たてわき)

                                 1898-1945年


日本カトリック最後の殉教者?


終戦直後の8月18日に射殺されたカトリック司祭。
事件の真相は未だ明らかにされていません。



今も真相は謎


戸田帯刀は1898年山梨県東山梨郡西保村に生まれ、1923年ローマ・ウルバノ大学へ留学。1927年司祭に叙階されました。1940年からは札幌使徒座代理として働き、太平洋戦争中の1942年3月、「米英を相手に戦争したらどうなるか分からない」と同僚神父に話したことが問題となり逮捕、起訴されましたが、4回の公判の後、無罪となり釈放されました。

1944年10月横浜教区長に就任。1945年4月にはバチカンのローマ教皇ピウス12世に対し、太平洋戦争の平和的解決についてメッセージを送ったとされています。戦時中、カトリック山手教会は海軍に接収されていましたが、戸田は終戦の翌日である8月16日に山手教会に行き、海軍に山手教会を早く返還するよう要請。その2日後の18日午後、カトリック保土ヶ谷教会で射殺体となって発見されました。

教会内の建物を借りていた保健所の人は、その日に憲兵が1人見えたと証言していますが、何者か特定されることはありませんでした。戸田の亡骸は解剖の後、葬られましたが、戦後の混乱のために会葬者はわずか十数名でした。

事件から約10年後、カトリック吉祥寺教会に「わたしは戸田教区長を射殺した者です。今は心から罪を悔いています。どうしたらよいでしょうか」と訴える者が現れましたが、教会側から警察に通報されることもなく姿を消したままです。当時、横浜地区にいた憲兵の一人だとされますが、詳細は不明のまま現在に至っています。





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