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山本信次郎 (やまもと・しんじろう)

                                 1877-1942年

「軍服を着た修道士」


明治?昭和期の海軍少将で、熱心なカトリック信徒 。
岩下壮一神父が「軍服を着た修道士」と呼ぶほどの信仰の持ち主でした。

相模国鎌倉郡片瀬(現・神奈川県藤沢市片瀬)で生まれ、父 山本庄太郎が出会ったマリア会司祭A.ヘンリックによって暁星中学に進学し、在学中に同神父から受洗。卒業を前に進路を相談したヘンリック神父から軍人になってはどうかと薦められ、海軍兵学校に進学しました。

その後海軍きってのフランス語の達人として北清事変、日露戦争、第1次世界大戦の講和会議に活躍し、東宮御学問所フランス語教授などを歴任。1919年から1937年までは東宮御学問所御用掛として当時、皇太子であった昭和天皇に仕え、1921年のヨーロッパ5カ国訪問に付き添い、ローマ教皇ベネディクトゥス15世との会見実現に尽力しました。

また政府との仲介を務め、神社参拝問題の解決に努め、教皇庁特派使節としてピウス11世に謁見し、南洋諸島の宣教者問題の解決にも尽くしました。

終生カトリック信者として熱心な信仰生活を送り、教会などに土地を寄進したり、自宅を開放したりしました。教皇ベネディクト15世より、自宅に聖堂を設けて聖体を常置する特別の許可を与えられ、1924年片瀬転居を機に山本家でミサをあげるようになりましたが、これがカトリック片瀬教会の元となりました。

「カトリック新聞」の前身である「カトリック・タイムズ」を創刊したことも功績として挙げることができます。





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《本サイト内の関連ページ》
  • カトリック片瀬教会



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