本文へスキップ

キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

トップページ > 私家版いじん伝 > クリスチャンと影響を受けた人々 > 吉野作造

吉野作造 (よしの・さくぞう)

                                 1878-1933年


大正デモクラシーの中心的人物


大正から昭和初頭にかけて活躍した政治学者。
大正デモクラシーの立役者とされています。


宮城から東京、そして世界へ


吉野作造は1878年、宮城県志田郡大柿村(現在の大崎市古川)に生まれ、幼い頃から秀才の誉れ高く、宮城県尋常中学校(現在の仙台一高。校長は大槻文彦)へ入学。中学校を首席で卒業すると旧制第二高等学校へ進学しました。この頃尚絅女学校校長ミス・ブゼルの聖書研究会に参加し、また阿部たまのと婚姻。高等学校を卒業すると東京帝国大学法科大学政治学科へと進みました。

帝大での学生時代は、海老名弾正が牧師を務める本郷教会(現・弓町本郷教会)に通い、「新人」 の編集に参加。政治学科を首席で卒業し、大学院へ入学。同時に帝大の大学講師となりました。1906年には袁世凱の長子、克定の家庭教師として天津に赴任したこともありました。

吉野は大学院卒業すると3年間の欧米留学に出発。次々と論文を発表し、1924年朝日新聞に入社するもすぐに退社し、研究に没頭。自身の政治学を論文や本で「民本主義」を主張し、大正デモクラシーの思想を広めました。

1933年、逗子小坪の湘南サナトリウム病院にて逝去。死後「古川餘影」 が刊行されました。





インフォメーション
《本サイト内の関連ページ》



                         「クリスチャンとキリスト教関係者」に戻る>>